JC岩倉(岩倉青年会議所)









【はじめに】

1945年、多くの犠牲を出した第二次世界大戦が終戦を迎えました。戦後の私たち日本人が失われた多くの命への悲しみと喪失感、戦火によるインフラの壊滅や失業者の増加による経済的な打撃など未来への希望を見いだせない中、祖国日本の復興を志し立ち上がった青年たちによって、1949年青年会議所の前身である東京青年商工会議所が誕生しました。その高い志は先人たちの弛まぬ運動によって各地に広がり、岩倉市が市制すをしいてまもない1978年に岩倉青年会議所は誕生しました。時代は昭和、平成をえて令和という新時代が幕を開けた現在、2000年代初頭から情報技術の躍進IT革命に伴い、情報のデジタル化による利便性の良さはもはや私たちの生活の一部となった一方、急速なグローバル化や少子高齢化など新たな課題にも向き合っていかなければならなくなりました。 そのためには世代、性別、国籍を越えてすべての人々が活躍できる多様化社会を目指さなければなりません。 43年間岩倉市と共に歩み、地域の発展に寄与してきた私たちは目まぐるしく揺れ動く社会情勢や人の価値観の中で、仲間と共に地域の課題に挑戦し団体個人が成長することで、社会からの共感を得られる団体となる必要があります。

【価値ある持続可能なまちづくり】

我々の活動拠点である 岩倉市は愛知県で1番面積が小さく名古屋市に次いで2番目に人口密度が高いコンパクトシティーとして知られ、市民同士の距離が近くお互い協力し合うことで地域を活性化させてきました。 日本の桜百選にも選ばれた 「五条川の桜並木」 、江戸時代から受け継がれている三町の 「山車」、岩倉市の特産品や市民団体の作品が展示される「いわくら市民ふれあいまつり 」、これら岩倉の魅力は全て市民が協力することで生み出されました。 私たちはこの誇るべき伝統を持続し 市民・行政と共に力を合わせてアップデートしていくことで次世代に受け継いでいく必要があります。 また、今年は岩倉市の市政50周年 という節目を迎え、 輝かしい未来へ向けて指針をしめされる年となります。 私たちは持続可能な地域社会 に向けて、市民ときょうどうし地域のアイデンティティのかくりつを目指します。

【価値ある人材育成】

「企業は社会の公器である」 これは松下幸之助の言葉です。 高度経済成長が終焉を迎えたバブル崩壊以降、企業の体力は徐々に低下しリーマンショックや数々の災害、新型コロナウィルスなど日本経済にとって逆風が続く現在、青年会議所の真価が一層問われる時代であると考えます。 我々は設立以来、青年経済人の育成機関としての役割を担ってきました。 しかし目まぐるしく変化してく社会情勢の中で人々は経済的な成長を求め、 同友会やBNIなど経済に特化した 様々な団体が活躍しています。 我々はこうした団体との交流を通して、 学びの機会をいままでより広く求め る必要があります。また2015年国連 サミットで採択された持続可能な開発目標、通称エスディージーズは国同士の目標に留まらず 、アイエスオーなどと共に企業が取り組むべきコンテンツとして認知されつつあります。 我々青年会議所は国連とのパートナーシップを結ぶNGOとしてのメリットを活かし 、世の中でますます重要な位置づけになるエスディージーズを積極的に学び資質向上に努めることで社会に対して優秀な人材を輩出できる機関としての価値を高めます。

【価値ある組織づくり】

「穏やかな海は良い船乗りを育てない」 これはイギリスのことわざです。 青年会議所は20歳から40歳までの年齢制限が設けられ、常に組織を若々しく保つこと で果敢な行動を可能としています。 しかしその反面で常に組織の代謝が求められ 、社会情勢の影響を受けやすい組織でもあります。 現在、我々にとって恵まれた環境とはいえない状況下で仲間同士が助け合い補い合って 活動できていることは、むしろ かけがえのない強い絆と逆行に強い芯 が会員内に育まれていると感じています。 私は青年期だからこそできる失敗とそこから生まれる成長の機会が青年会議所活動に は無数に存在し、本人次第で 「ノビシロ」をさらに伸ばすことも可能であると考えます。我々は自身の経験を踏まえて、無限の“ノビシロ”を秘めた青年会議所に 多くの仲間を募ることで、会員さらには地域に対してポジティブな効果を運動として広げていく必要があります。

【結びに】

私は青年の英知と勇気と情熱は心に宿るものだと考えています。 私たち青年がそれぞれの地域社会を担うという自覚と責任を持たなければ、知恵も育つこ とはないでしょう。 私は仲間たちと共に志を同じく、互いに高め合える団体になれるよう尽力してまいります ので、皆様一年間宜しくお願いいたします